12月01日(月)

こめつぶの話

蔵に通い続けて4年目になる、
この間はじめて失態をおかしてしまった。

4年もやってるわけで、今回以外にも
もしかしたら、というか多分、自分の目に見えないところで迷惑かけていたりもするだろう。

疲れているときはいい画も撮れないし、運転もリスクだらけだ。
なぜ僕は撮り続けるんだろうとか、
なぜこの人たちは撮らせてくれるんだろうとか。

こういうときは無駄に内省的になる。
最初のころにあった「撮らなくてどうする!」的なアツさは、
年月とともにちがう熱を持ち始める。
早く、作品を形にしなければという焦りばかりで一向にすすまない。

撮ったものをチェックしながら最初のときの事を思い出す。

まずは麹室に入らせてもらったのがえらく感激した。
そして、そこで見たのは米粒一つ一つ大事にする姿。

もともと僕はすし屋をやりたくてそこで働いていたこともある。
そこに行く前調理学校の先生から「すし屋は米の一粒一粒を大事にする。」という話を聞いていて、
まあ飲食店なんて材料を無駄に使うところなんて無いと思いますが、
そういう酒蔵っていう僕にとって未知の仕事から普遍性が見えるのが面白く、
こうやって見続けて撮り続けていられるのだと思います。

仕事をしながら趣味で撮り続けて、ときたまというかしょっちゅうそのバランスが分からなくなったりですが、
二足の草鞋ではなくてたぶんタイヤの両輪で、どっちかが無くなってもうまくいかないものなのかなと、
最近は思います。

ドキュメンタリーの取材は同じ釜の飯を食って同じ屋根の下で寝ろ的な鉄則もありますが、
通いドキュメンタリーも一つの形かなと思います。

日帰りだと飲めないのが…あれですが。